「WEBは死んだ」について考える

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「WEBは死んだ」について考えてみた。アプリのプラットホームに吸収されてしまうというのは同意で、カタチは変わるだろうとは思う。が、それはユーザーの情報取得の方法が変わるだけであってインターネットそのものの死ではない。

これまでのホームページというもの、ホームページデザインというものは無くなってしまうかもしれないが、それでもコンテンツが重要であることには変わりはない。では、小さな会社はそれぞれのプラットホームごとに対応しなければならないのかとなるのだろうか?それではあまりにも効率が悪すぎる。進化という形で考えるのであれば逆行している。

おそらく各プラットホームからAPIが提供されることで、情報の箱としてのホームページとなるのだろう。CMSの普及は進んでいるが、それがもう少し進化してCMF、コンテンツマネジメントフレームワークとして各種APIを利用することになるのだろうと思う。一応はホームページのカタチは残るだろうが、テキスト、画像、動画、データ、構造を完全に分離して管理され、それぞれのプラットホームへ最適な状態で配信する事になるはずだ。

と、頭の中にはいろんなイメージが膨らんでいるけど長くなるので、この辺でやめる。ま、序章と言うことで。もう目が限界>_<

次のiPhoneの5.5インチはひょっとしていいかも。今日はほぼ1日スマホからだった。しんどいわ。

※2014年5月15日 0:56のFacebookへの公開投稿のFacebookへの公開投稿を続きを書けるように転載しました。
https://www.facebook.com/takahiro.yamasaki/posts/881571285202082

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