無用の用

「無用の用」という言葉を久し振りに目にした気がする。

「人は皆有用の用を知るも無用の用を知る莫きなり」

割合、俺の仕事は無駄というか、そう言うところがいつもある。合理性ばかりでは無いのだよね。必要なものもあれば、必要では無いものも多い。無駄なスペース、無駄な線。無駄なページに、無駄な写真。それがあるからこそ有用が引き立つ。

もちろんできるだけそれは減らそうとしている。でも有用なものだけを並べると、人はそこに居づらさしか感じないのだよね。だから無駄を作る。だから仕事の大半は、その無駄を考えることに多くの時間が費やされている。無駄を省いて必要なものだけで、いい仕事が出来るわけではないのだよ。

経験を重ねて無駄が分かってくれば来るほど、仕事が早くなるでなく、じわりじわりと遅くなっているのはそういう理由もある。もっと年取ってきたら、存在自体が「無用の用」のような存在になれるのが理想。

若い人達が、有用とされるには無用な存在が必要なのだ。いずれにしても有用とされる時期は人生の中でほんの短い時間だろうからね。ならば無用の用になる。それにはもうちょっと時間がかかりそうだ。まだ欲がありすぎるし、それまでに子を有用な存在に育てねばならない。

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